ハワイ語の所有形は、「~の」に限らない(!?)ことをまとめてみた『ハワイ語のはなし』です。

http://archives.mag2.com/0001252276/20170609155258000.html?l=rzz1538ea0
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Ho*lau







 Ho*lauってホントいいところだわ。
 賑わいがあるのよね。
 よく整ったマーケットがあるの。
 大勢のひとたちが訪れるわ。
 
 Ha'aheo Ho*lau
 Uluwehiwehi 'oe
 Ma*keke linohau
 A ka lehulehu

 「Ho*lauを誇りに思うわ」(ha'aheo Ho*lau)というフレーズに、作者がいだくその場所への特別な思いが感じられる『Ho*lau』。多くのひとたちが訪れ(a ka lehulehu)、そして賑わいがある(uluwehiwehi)なんていわれると、思わず行ってみたくなりますが、それもそのはず、Lena Machado が、Ho*lau Marketというお店のコマーシャルソングを依頼されて作ったものなんだといいます*。

 きれいで、スムーズ(に買い物ができて)、
 なんといっても新鮮なの。
 あの壁だって美しすぎる。
 きらきら輝いてる(ように見えるわ)。

 He nani he pani'o
 He u'i mai ho'i kau
 Nani 'oi kela ke*la* paia
 E hulali nei

 きれいで(he nani)、買い物がスムーズで(he pani'o)、新鮮で(he u'i)……きっと品ぞろえが豊富で、整理整頓、掃除も行き届いた店内だったに違いありません。そんなHo*lau Marketですが、そもそもどうしてLena Machadoがその歌を作ることになったのかというと……物語は、Lena Machadoがまだ少女のころ,養母、Mary Davis Loo Panの友人たちとともに、Honolulu Harbor近くのFort Streetで、旅行客相手にleiを作って売っていたころにさかのぼります。Lenaよりもうんと年上だった養母の友人たちですが、LenaはLeiの作り方はもとより、ハワイの古い歌やハワイ語、仕事をするうえで大切なこと等々、彼女たちから多くのことを学んだといいます**。そうしてお世話になった彼女らの子どもたちが、チャイナタウンのKekaulike St.に小さな店を構えたのが、Ho*lau Marketの前身***。その後、事業を拡大すべく1936年に移転したのを機に作られたのが、Lena Machadoによるこの『Ho*lau』だったというわけです。

 (とにかく)すてきなところなの。
 いつ見ても(うっとりする)。
 (きっと、違いが)わかるひとの,たしかな技術で作ってるからね。

 He nani i ka maka
 Ke 'ike aku
 I ka hana lima no'eau
 A ke akamai

 お店ができて、歌を作ってほしいと頼まれたLena Machadoは、曲作りのためにHo*lau Marketへ出向きました。Honolu*lu*ハーバー近く、Kekaulike St.とKing St.の角にあったその店は、大きくて真新しく、白く輝いて、もちろん屋根は金属製……「熟練者の手による仕事」(i ka hana lima no'eau a ke akamai)なんて表現があるのは、このあたりの外観のりっぱさが表現されているのではないかと思われます。そんな斬新さをさらに華やかにいろどるように,ti* leafやさまざまなお花が飾られていたことは、もともとleiの製造販売からはじまったことの名残だったかもしれません。そして、leiもまだ売られてはいましたが、主力商品はなんといってもハワイアンフード。Poi、laulau、ake、いろんな種類のlimu(海藻類)、生魚も塩干も取り揃え、タコなんかも扱っていたようです。もっとも、ハワイアンフードといっても、テイクアウトのpokeコーナーなんてものはない時代。もっといえば、切り分けられた魚がプラスチックトレーにパッケージされているようなこともありません。では、どんなふうだったかというと……お客がこれという魚をホールで選ぶと、好みにあわせて店員さんがさばいてくれる、昔ながらのスタイルですね。特別なケースでは「palu」と呼ばれる、魚の頭や内臓を使った調味料を作ってもらえることもあったとか****。このあたりの食材は、あまりにネイティブ過ぎてイメージしにくいですが、Ho*lau Marketといえば、舌の肥えたハワイアン御用達の、それでいて昔ながらの市場の雰囲気もあるような、新しくてなつかしい、しかも、とびきりの食材に思わず興奮してしまう('ono a ka pu'u)、そんなところだったのではないかと想像されます*****。

 にぎわいがあるところなの。
 たくさんのひとだかりでね。
 そこにはおいしいものがあって、
 グルメ心をみたしてくれるわ。

 E ho*lau mai ana
 I ka nui lehulehu
 Aia i laila ka mea 'ai
 'Ono a ka pu'u

 Lena Machadoの実力にも助けられ、発表されるとほどなくポピュラーになったという『Ho*lau』。彼女の情緒豊かなファルセットボイスのおかげで、ついロマンチックな情景を重ねそうになりますが、歌詞をたどってみると、マーケットの賑わい以上の内容は含まれていないことがわかります。ハワイ語をよくわからずに聴くと、Ho*lauは美しく眺めのいい場所で、恋人たちがそこでおいしいものを食べたり、いい時間を過ごしたりするんだろうか(!?)なんて思ってしまいそうですが……。そして、Lena Machadoに近しいひとの見解では,彼女自身も、そんなkaonaを考えてはいなかったようです******。裏の意味があるんじゃないかと、つい深読みしたくなるハワイ語ですが、妙な妄想をふくらませるよりも、まずはことばに忠実に(!)を心がけたいものです。

by Lena Machado(1941)

*:歌詞にある「ma*keke」は英語「market」のハワイ語読み。「Ho*lau」は、Honolu*lu*はダウンタウンあたりの、海に面した地域の古い名前のようです。
**:Lena Machadoは、leiを作りながら年上の彼女たちが語った話をもとに楽曲を作ってもいます(『Ho’onanea』参照)。
http://hiroesogo.blog.fc2.com/blog-entry-430.html
***:Kekaulikeは,Lena MachadoたちがLeiを売っていたFort Streetを少し西にいったあたりの通り。
****:Paluは、魚の内臓や頭にkukuiの香料、ガーリック、チリペッパーなどで味付けした香辛料。昔のハワイアンの家庭では、それぞれに秘伝のレシピがあったりもしたようです。
*****:1970年頃に撮影されたとされるHo*lau Marketの写真には、白い金属製の屋根と劇場風のエントランスとともに、アールデコ調の看板が写っていて、「Ho*lau Market -Fish-Fruit-Vegetable-Meet」とあります。
******:Kaonaはハワイ語の詩的表現によくみられる、ひとつのことばにいくつかの意味の層を重ね合わせる修辞法。

参考文献
Motta P: Lena Machado-Songbird of Hawaii-My Memories of Aunty Lena. Honolulu, Kamehameha Schools, 2006, pp41-45

Ho'onanea








 (私の)胸で(顔をうずめて)、うっとり解き放たれること。
 鳥が花の蜜を求める(ような、その瞬間を夢見てる)。

 Ma ka poli iho no* 'o ho'onanea
 E ake inu wai a ka manu

 うっとり夢見るようなメロディに、なにかに心奪われたそのひとの、幸せに満ちた気分がふんわりただよう『Ho'onanea』。「(私の)胸で」(ma ka poli iho no*)*というフレーズに、抱きしめたい誰かの記憶をたどっているような雰囲気がありますが、鳥が(a ka manu)蜜を求める(e ake inu wai)と続くあたりは、恋の予感、あるいは、きたるべきなにかを待ちかまえているような、ほどよい緊張感があるように感じられます。

 私の(あなたを思う)気持ちはどんどんふくらんで、
 たったひとりの(さびしい)夜は、もうこころ穏やかではいられない。

 Hu* wale mai no* ku'u aloha
 Ku'u po* ho'okahi e naue ai

 月明かりが美しくあたりを満たす夜だもの。
 さぁ、私たち二人、ゆらゆら踊りましょうよ。

 'O ka pa* ko*nane a ka mahina
 Ahuwale na* lewa a ka*ua

 ひとりあなたを思いながらこころ乱れる夜。愛すること(ku'u aloha)がなければ知らなかったであろう、こころの痛みがともなうのもまた、恋……といったところでしょうか。そうして、待ちに待ったデートの夜。月明りのもとで寄り添う二人のシルエットは、少しずつお互いの距離を縮めながら、恋のダンスを踊るように、美しくゆらいでみえたりするのかも……そう、愛し合う二人だけに許される、特別なステージの序章みたいなものですね。

 そんな恋する気分があなたにも伝わったかしら。
 鳥が花の蜜を求めるように、恋いこがれるこの思いが……。

 Ha'ina 'ia mai ana ka puana
 E ake inu wai a ka manu

 こんなふうに、誰もが若かりしころの恋を重ね合わせてしまいそうな『Ho'onanea』。それもそのはず、Lena Machado (1903-1974)によるこの楽曲は、彼女がまだ少女だったころに、年上の女性たちから聞いた話をもとに作られたものなんだといいます。Honoluluでleiを売る女性たちと仕事をしていたLenaは、彼女たちが手仕事をしながら興じるとはずがたりに、じっと耳を傾けたようです。それは、彼女たち自身の体験談だったり、誰かから聞いた話だったり、ときにはそのどちらなのかも判別できないような展開をみせながら、Lenaの想像力をかき立てたんだとか。淡い期待からはじまって、月明りのダンスを経て訪れる、情熱的な愛のひととき。夢の成就は、鳥が渇きをいやし舞い上がる瞬間にも似て、あっという間の、でもだからこそ求めてしまう、幸せな熱病みたいなもの……。おそらくそんなことが語られたであろう大人たちの話は、若きLenaにとっては結構、刺激的だったかも(!?)と思いきや、のちにLena自身が語っているところによると、「(彼女たちの話は)細部を含みながらも詩的に表現されていて、強烈すぎたり、いやな印象を与えることはまったくなかった」といいます。そう、ハワイ語もまじえて語られる愛の物語について、思いあたるハワイアンソングをヒントにしながら、Lenaはイメージをふくらませていったんですね。おそらく、自分よりも上の世代の女性たちとの交流は、Lena Machadoにとっては、恋の手ほどきといった以上に、自らの経験を花、鳥、雨、霧といった自然の事物になぞらえて表現する、ハワイ語の世界独特の修辞法を学ぶ機会だったものと思われます。
 一方、大人たちはというと、ときに複雑な表情をみせる彼女に対して、「心配しないで、あなたも将来、経験したらわかることよ」なんていいながら、女性だけの時間を楽しんでいたようです。もしかすると、仕事とはいえ、手を動かしているうちに、昔こころ寄せたひとを思い起こしていたひともいたかもしれませんね。Leiといえば、手紙に思いをつづるように、美しい花々を連ねていく作業でもありますから……。そうして形作られながら、もはや行き場のない丸い連なりは、記憶のなかにしか存在しない物語のようにも思われます。そして、そんなleiメイキングの場で語られた思い出の数々が結晶化したこの歌は、いわばLena Machadoのハワイ的知性によって編まれた、ことばのleiだといえるのかも……。なんてことを気ままに思いめぐらせたりしながら、ハワイらしいコミュニケーションの伝統とともに、これからも愛され続けてほしい思う、『Ho'onanea』なのでした。

by Lena Machado(1933)

*:「Ma ka poli iho」には「私の」を直接的に意味することばは含まれませんが、方向詞「iho」は「~自身」(-self)や、空間的には話し手にほど近いところをあらわすことから、「私の胸で」と訳してみました。

参考文献
Motta P: Lena Machado-Songbird of Hawaii-My Memories of Aunty Lena. Honolulu, Kamehameha Schools, 2006, pp59-63

『ハワイ語のmeleを読む会』のご案内です。

6月23日(金)、たかうち珈琲(新大阪)
http://tabelog.com/osaka/A2701/A270301/27001979/dtlmap/

19時くらいから21時まで。

参加費:コピー代のみ(飲み物などのお店へのオーダーは、各自お願いします)。

課題曲:「Blossom Nani Ho'i E」(Natalie Ai Kamauu)

参加ご希望の方は、hiroesogo@gmail.comまでご連絡ください(人数把握のため)。

ご参加お待ちしております。
Pua Kiele







 陽の光をあびて花は咲き誇り、
 大地は雨の恵みでもって命をはぐくむ。
 (そうして花開く)ぼくの大切なkieleのうるわしき花よ、
 あなたの甘い香りが(いまここに)香っている(ような、そんな気分)……。

 気持ちよく晴れた雨上がりの朝、いつになくすがすがしくめざめたときの、生まれ変わったような心持ちを思わせる『Pua Kiele』。やさしくふりそそぐ陽の光をあびて(i ka la*)花開くその瞬間に(mohala mai ka pua)、天からの啓示のごとくわき上がってきたその思いは、水の循環とともに命をはぐくむ大地であり(ola no* ka ‘a*ina i ka ua)、そこに生きとし生けるものたちへのいとおしさだったようです。そして、そんな気分をつれてきたのは、「e kuʻu pua kiele nani e*」と呼びかけているkiele(gardenia、くちなし)の花。そのうっとりする香りが風にのってふいに訪れたことで(kou ‘ala onaona e ma*pu nei)思い起こされたのは、kieleの花が香るように周囲に魅力を放つ、愛するだれか(kuʻu pua)だったに違いありません。

 (思わず)ささげ持ちたくなるほどいとおしい花。
 なにより大切に思うひと。
 ぼくの大切な美しいkieleの花よ、
 (それは)比類なき美しさで光り輝く存在なのです。

 思わずこの両手でささげ持ちたくなるほどいとおしく(hoʻoheno a i luna)、こころから(na ka puʻuwai)大切に思うひと(he hiwahiwa)……このバースでは、この作者が愛してやまないだれかのすばらしさについて、ことばを尽くして語られています。それにしても、その輝くさまは(e ‘alohi nei)、ほかに比べるものがないほど(he nani lua ʻole)だといいますから、まさに「きみはぼくの太陽だ」みたいな感じでしょうか……。そう、恋はひとを盲目にするもの。わきめもふらず向かっていける一途さがあってこそ、ひとは自分だけの世界の中心を獲得し、やすらぎと希望のうちに生きることができるものなのかもしれません。

 風は大地をきもちよく吹き抜ける。
 愛するひとよ、
 私はあなたの気持ちをしっかり受け止めている……。
 
 「私は、あなたの深い愛情をleiのように身に着け(て大切にし)ます」(e lei no* au i kou aloha)……そんなふうに思わずこころのなかで叫びたくなるほど、ある日あのときにほおをなでた風は、やさしく包み込むような心地よさだったのでしょうか。あるいは、風のそよぎとして描写されているのは、こころを寄せるいとしいひとそのものだったりするのかもしれません。こうして、自然の描写とともに語られる心模様が、まるで香る風とともにこちらに届きそうにも思えてくる『Pua Kiele』。大地の呼吸を感じつつ営まれるハワイの日常のひとこまを、ひととき垣間見たような気持にさせてくれる一曲でした。

by Josh Tatofi