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No ‘Ane’i






http://www.youtube.com/watch?v=uWYNqAW4n64


 私 たちの命はこの大地に生かされている。
 私たちの正しさの拠り所もいまここにある。
 (それはすなわち)私たちの先達に(ならうこと)。

 No ‘ane’i ko ka*kou ola
 No ‘ane’i ko ka*kou pono, ‘ea,
 E na* ku*puna

 なにものにも揺るがされることはないし、
 なにものにも圧倒されることはない。
 (それはすなわち)先の世代(に守られてのこと)。

 ‘A’ohe mea na*na e ho*’oni
 ‘A’ohe mea na*na e kula’i, ‘ea,
 E na* ma*kua

 晴れやかなリズムと陽気なメロディに、「さぁ、きみも踊りなよ!」と誘いかけるような勢いを感じる『No ‘Ane’i』。ですが、歌詞を読むと、その軽いノリのいい印象に反して、「われらの命」(ko ka*kou ola)や「われらにとっての正しさ」(ko ka*kou pono)について語られており、それらが「いまここ」あるいは「この大地」のおかげである(no ‘ane’i)とも歌われているという、そのかなり硬派な内容に驚かされます。しかもその呼びかけは、「祖先たち」(na* ku*puna)や「両親たちの世代」(na* ma*kua)に向けられており、単に個人的な問題というよりも、ハワイのひとびとが先祖代々受け継いできた正しさ(pono)が、自らが立つその場所を拠りどころとすること(no ‘ane’i)を高らかに宣言するような感じもあります。

 若くこれからを担う世代よ、
 祈りをひとつにして乗り越えるんだ、ねぇみんな!

 E na* hoa ‘o*pio, ‘ea*,
 Alu ka pule i Hakalau la*, ‘ea* e ke hoa e*

 自分が習うべき上の世代に呼びかけられていた先のバースとは異なり、ここでは「若いみんな」(e na* hoa ‘o*pio)と、これからを担う世代に向けて語られています。この歌が収められたKalani Pe’aのCDのブックレットによると、楽曲の作者であるKauanoe Kamana*は、Kalani Pe’aの母校、Hawai’i島HiloにあるKe Kula ʻO Na*wahi*okalaniʻo*puʻuのディレクターで、この歌には、ハワイ語によってハワイのひとびとが連帯意識を持てるようにとの願いが込められているようです。また、文字通りには「Hakalauで祈りをひとつに」と訳せそうな「alu ka pule i Hakalau」は、多くのひとたちに向けて、思いを一つにすることや団結の大切さを呼びかけるときに用いられるフレーズ。その昔、Hakalau*のまちでとある魔法使いが隣人たちに呪いをかけたときのエピソードがもとになっていることわざです。伝えられるところでは、災いをもたらす呪文に対抗すべく各人がバラバラに祈ったのではダメだったところ、その地を訪れたあるkahuna(古代ハワイの聖職者)の助言のもとでみなが力を合わせ、ともに共通の敵を撃退すべく祈ったことで、無事、呪いが解かれたという、そんなエピソードがもとになっているとされます。歌のなかでは戦うべき相手について具体的に語られていませんが、冒頭で、大切な価値として「われわれの命」(ko ka*kou ola)や「われわれにとっての正しさ」(ko ka*kou pono)が挙げられていたことからすると、それらを守るために、いまここにある理(ことわり)に従う(no ‘ane’i)ことを妨げる力に抵抗しよう……といった意気込みが表現されているのではないかと思われます。

 大地を愛するみんな、
 ぼくらに背を向けないで(ともに進もう)。
 ハワイのみんな、
 ハワイのみんな(に向けて歌うよ)。

 E na* hoa o ka ‘a*ina,
 Mai huli kua mai ia* ma*kou la*, ‘ea*,
 E na* Hawai’i,
 E na* Hawai’i

 求めてやまない者たちよ、
 さぁ立ち上がれ。
 Na*wahi*(の志に)応えよう、
 さぁ、いまこそ立ち上がれ!

 E Le*kia e*
 ‘Oni a pa’a,
 E Na*wahi* e*
 ‘Oni a pa’a

 「大地の友たちよ」(e na* hoa o ka ‘a*ina)、「われわれに背を向けず(ともに戦おう)」(mai huli kua mai ia* ma*kou)と、ここでも大地(ka ‘a*ina)への思いがキーワードになっており、それを拠り所につながろうというメッセージが投げかけられていることがわかります。そして、「(思いを)貫こうとする者よ」(e Le*kia)に続く「e Na*wahi*」は、おそらく作者であるKauanoe Kamana*がディレクターを務める学校が、その意思を継ぐべくその名に掲げる人物、Joseph Kaho’oluhi Na*wahi*okalani’o*pu’uへの呼びかけではないかと思われます。
 Joseph Na*wahi*(1842-1896)は、Hilo Boarding School、La*haina*luna、Royal Schoolといった、ABCFM(米国から訪れた宣教師たちによる組織)により設立された学校で学び、自身も教師となって寄宿舎学校を創設するとともに、代議士として政治の世界でも活躍した人物。学歴からうかがえるように、彼は早い時期にクリスチャンとして欧米的価値観を受け入れたネイティブのひとりですが、政治家としては徹底して王朝を支持し、宣教師をはじめ合衆国併合派が政治的に台頭することを許さなかったひとでもあります。キリスト教に同化しながらも、Hawai’iのネイティブとしてのアイデンティティを大切にし続けたNa*wahi*の姿勢は、伝統に根ざしつつグローバルな世界を生き抜くことを理念として掲げる、Ke Kula ʻO Na*wahi*okalaniʻo*puʻuの教育にも受け継がれているようです**。
 生きること(ke ola)やそれを可能にする正しさ(ka pono)が大地とのかかわりの中で語られ、それらを守るために「立ち上がれ」(‘oni a pa’a)と締めくくられる『No ‘Ane’i』。そこに込められた熱い思いをたどりながらあらためて感じるのは、ハワイ語で「Aloha ‘A*ian」と表現されることがらが、欧米的な「patriotic」とも日本語の「愛国」とも異なるのではないかということ。少なくともそれは、ノスタルジックな故郷への思いではなく、きわめて具体的でひとびとの生活に結びついており、そのためにこそ大地を正しく守ることが大切だという、まさにいまここに直接かかわる「no ane’i」ではないかと思われます。たとえば、ハワイ語で「ke ola」と語られるときの「生」は、死後に獲得されるキリスト教的な永遠の命といった抽象的なものではないわけですが、この点で、先に挙げたNa*wahi*が、クリスチャンでありながらハワイ的な大地とのつながりにおいて生をとらえていたことは、外国由来の伝染病によるネイティブの大量死がリアリティそのものだった時代ならでは、といえるかもしれません。そう、これ以上、植民地化が進むのは、われわれネイティブにとってはさらなる災いでしかない……合衆国側から語られる歴史において、長らくスポットがあてられてこなかった部分ではありますが、「Aloha ‘A*ian」を旗印に合衆国併合に抵抗したネイティブのひとびとは、このことを肌で感じ、危機感を抱いていたに違いありません***。
 Na*wahi*も、その政治活動のさなかで逮捕され、収監中に罹患した結核がもとで亡くなっています。そんな歴史を背負った人物への呼びかけに、はたしてどんな思いが込められているのか―なんてことを思いめぐらせていると、「no ane’i」の立場からHawai’iを守ろうとした彼のメッセージがこだましているような気がしてくる、そんな力強い『No Ane’i』なのでした。

by Kauanoe Kamana*


*:Hakalauは、ヒロの中心部からHamakuaコーストを車で20分(10マイル)ほど北上したあたりのまち。
**:Ke Kula ʻO Na*wahi*okalaniʻo*puʻuのウェブサイトには、以下のような学校の基本方針が記されています。「(本校は)家庭での第一言語がハワイ語である家族,あるいはそうなることを選んだ家族のための学校で、その目指すところは、学校や家庭における教育を通して、ハワイ語を持続させるべく発展・強化することにある。と同時に、英語や日本語のような外国語を学ぶといった国際的なアプローチは、ハワイ語を話すコミュニティを活性化させることにも通じており、ハワイ語の世界でのスキルを養うことは、その外の世界との相互関係を通して真に達成されるものでもある」(著者訳)。
https://www.nawahi.org/apps/pages/index.jsp?uREC_ID=638862&type=d&pREC_ID=1102638
***:18世紀末以降、外国人が持ち込んだ病原菌が多くのハワイ人の命を奪い、ネイティブ人口が激減しますが、それはとりもなおさず、彼らが政治的主権を失う過程でもありました。そんな時代に、ネイティブの側からジャーナリストとして発信し、政治家としても活躍したのが、この歌に登場するNa*wahi*です。
 Joseph Kaho’oluhi Na*wahi*okalani’o*pu’u(1842-1896)は、HiloとPunaから選ばれて、1872~1884年まで代議士を務めた人物。1874年に行われた王位継承をめぐる選挙では、Kala*kauaではなくEmma女王に投票し、以来、欧米勢力率いるReform Partyの台頭を許すKala*kauaに反対し、合衆国併合を阻止する立場を貫きました。
 1893年、合衆国併合派によるクーデターに続き、Lili’uokalani女王が退位を迫られる状況にあって、女王を支持する男性活動家により「Hui Hawai’i Aloha ‘A*ian」、およびその姉妹組織「Hui Hawai’i Aloha ‘A*ian o Na* Wa*hine」が組織され、Na*wahi*は前者のトップを務めました。Lili’uokalani女王が失脚し、暫定政府のPresident Clevelandが合衆国併合に向けて条約を起草していたころ、President Sanfold Doleとその仲間たちは、彼らの権力を正当化し、Hawai’iを全面的に支配すべく恒久的な政府の樹立を目指していました。そんななか、1894年のはじめに同年5月には議会を作ることを宣言。仲間うちの19人が代表者として自らを招集し、残り18人を普通選挙によって選ぶことを決定します。もっとも、選挙にあたっては、まず暫定政府への忠誠を誓うことをサインさせるという手続きをとり、ハワイにおいて王政を再興しようとするいかなる試みにも加担しないことを約束させたことから、合衆国併合に反対する圧倒的多数のKa*naka Maoli(ハワイのネイティブ)はサインすることを拒否。そのため、普通選挙とはいえ投票した4000人あまりはほとんどが外国生まれのひとびとでした。この不公平な選挙に抗議する動きが起こり、併合反対派は合衆国をはじめ英国、仏国、独国、日本、ポルトガルの首長あてに抗議文を送付。合衆国政府による平和的対応を信じて16カ月経ったころ、暫定政府は合衆国の最終的な判断を待たずに恒久的な政府の設立を宣言し、非民主的かつ専制的な法の下で、自ら共和国を名乗るに至ります。そうして、多くのKa*naka Maoliおよびアジアからの移民も投票できない状況のもと、言論および出版の自由にまつわる権利が法律で制限されるようになり、発言であれ出版であれ、政府を批判することは治安を脅かす暴動とみなされるようになります。
 そんななんか、1894年に暴政に抗議する集会が開かれます。おおよそ5000から7000人が集まったとされますが、その聴衆を前に、Na*wahi*は次のような演説を行ったといいます。「主権はわれわれにあり、統治機構はKamehamehaが構築したもの。よそものたちが、まるでlei売り場に押し込むように、われわれを経済活動の周辺に追いやった。われわれは、この現状を断固として許してはいけない」(著者訳)。ここで「lei売り場」と語られたのは、古来のハワイ的な生業に取り残され、経済活動の周縁に追いやられたネイティブの状況を語るものだと考えられます。こうして、植民地主義のもとでのいかさまの立憲政治を批判するも、共和国政府は自らを合法とする立場で暴政を続け、彼らの行いを違法と判断した合衆国大統領の判断をも退けるという状況が続きます。
そんな、他国の外交的な助けも期待できないいらだちのなか、武力に訴えるしかないと考えるひとたちも現れ、ひそかに武器購入を計画していたことが発覚。このときNa*wahi*は逮捕され、2カ月間の収監中に結核に罹患。後に病が悪化し、サンフランシスコでの療養のかいなく1896年に亡くなります。逮捕でひとたび絶たれた出版活動については、出所後の1895年に再開しており、新たに週刊の新聞『Ka Aloha Aina』を発刊していましたが、彼の死後は彼の妻がNa*wahi*の意志を引き継ぎ、ネイティブの側から発信しを続けました。

1)Pukui MK: 'O*lelo No'eau. Honolulu, Bishop Museum Press, 1983, 15
2)Silva NK: Aloha Betrayed-Native Hawaiian Resistance to American Colonialism. Durham, Duke University Press, 2004, pp129-133, pp136-142
3)Osorio JK: Dismembering lahui-a history of the Hawaiian nation to 1887.
Honolulu, University of Hawaii Press, 2002, pp159-161

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Mele O Ke Ke’ena Kalaunu






https://www.youtube.com/watch?v=P9qr7C9dPBw 


 Leiを美しく身に着けておられるような、女王さま。
 かぐわしいバラの花のleiで。
 あなたのさわやかな香りを私は感じています。
 王位にある方のお部屋、まさにその方に相応しいその場所に。

 Ua wehi lei, wehi 'oe e ku'u lani
 I na* pua lei, pua rose onaona
 Ko* 'ala anuhea ka'u i honi
 I ke keʻena kalaunu kou wahi ia

 自ずとひとめを引く華やかないでたちと、それでいて品よく清らかなたたずまい。そんな、香しくも美しいバラのleiに飾られたようなひとの存在感を、すずやかな香り(ko* 'ala anuhea)を楽しむように感じている(ka'u i honi)と歌われる『Mele O Ke Ke'ena Kalaunu』。高貴な雰囲気を魅力的な花の香りにたとえる語りには、その部屋で王位にあった人物への、特別な思い入れがひしひしと感じられるとともに、王位を象徴するある場所の一室(ke keʻena kalaunu)にいるそのひとの姿が、ある午後のひとときが切り取られたような臨場感でもって迫ってくるところがあります。

 あなたさまのleiは、まさにキラキラとダイヤモンドを思わせる美しさで、
 山の奥深くの森にかがやくしずくのようでもある。
 たくさんのフリルで飾られたシルクのすそ飾りも、
 Hamohamoの引き潮のよう(に繊細で……)。

 Kohu ko* lei kaimana linolino
 Me ke ke*hau lohi o ka ma'ukele
 Ko* hu'a kalika lau nihoniho
 Me ke kai emiemi a'o Hamohamo

 光を放つダイヤモンドのlei(lei kaimana linolino)で飾られたあなた。その輝きは、神々がやどるほど遠く、奥深い森に守られた水のしずくのよう……と、ここでもそのひとの光り輝く存在感が、ことばを尽くして語られています。このバースに引き潮(ke kai emiemi)とともに登場する「Hamohamo」は、O'ahu島Waiki*ki*は'Oh*ua通り近くの地名。そこがかつてはLili'uokalani女王の所有する土地だったことから、この歌が彼女を讃えるものであることを暗示することばでもあります*。「Hamohamo」には「やさしくなでる」という意味があり、たとえばおだやかな海岸で、ささやくような波がそっと砂浜をなでるときにも似た、息をのむようなひそやかさも感じられます。繊細な手仕事がほどこされた女王のドレスが、「Hamohamoの潮が引くさまに似ている」(me ke kai emiemi a'o Hamohamo)とされるのは、シルクの質感をなめらかな水面の表情にたとえたものと思われます。

 あなたさまがカーペットを力強く歩む姿は、
 深い色合いに刺繍されたペルシャ絨毯(に映えて)、
 外からの呼びかけに、驚いたように振り返る(あなた)。
 Lili’uokalaniさま、いつまでもお元気で(とみな願っています)。

 Kou hehi kamaʻehu i ke ka*peka
 Peresia 'o*ni'oni'o uliuli
 Huli pu*'iwa i ke oho o waho
 E Lili'uokalani, e ola mau

 外からの声援に(i ke oho o waho)、なにごとかと驚いて振り向く女王(huli pu*'iwa)。前半のバースでは、女王の高貴な空気感というか特別な気配が、記憶をたどるように語られていましたが、ここでは、女王の姿がよりリアルに、その立ち居振る舞いそのものが感じられるように描写されています。とくに、民衆の声に応えようとして振り向いたとされる箇所には、その瞬間を切り取った写真を目にするような勢いもありますね。ペルシャ絨毯に印される「あなたの赤い足跡」(kou hehi kamaʻehu)といった、やや大げさな印象の表現もあって、彼女の歩みになにか女王にしか託せない願いを込めているような、思いの半端なさがあふれているようにも感じられます。
 そんなふうにたどってみると、「Lili’uokalaniさま、いつまでもお元気で」(e Lili'uokalani, e ola mau)といったあいさつのようなフレーズも、女王にとって、あるいはハワイにとってなにか非常に重要なことを願って発されたのではないか……なんてことを考えたくもなります。というのも、彼女が「王位にあるひとの部屋」(ke keʻena kalaunu)で女王として過ごしたのは、王朝末期のほんのわずかの期間だったからです。逮捕、幽閉といった苦難の時期を経て、王位を退くことになったLili’uokalani。その後、合衆国併合に至ったハワイの政治的状況を考えると、彼女に「ずっとお元気で」(e ola mau)と呼びかけることは、「あなたの時代が終わったわけではない」という含みがあってもおかしくないと思うんですね。

 守るべき王族の旗印が誇らしくはためく。
 イオラニ宮殿にそびえるポールの高みに。
 あなたをたたえるべくその高貴なお姿を思い浮かべよう。
 Lili'uokalaniさま、あなたこそわれわれの王なのです。

 われらが女王、Lili'uokalaniさまに、この歌を捧げます。

 Ku'u hae kalaunu welo ha'aheo
 I ka ni'o kaupoku o 'Iolani Hale
 Ha'ina ko* wehi e ku'u lani
 ‘O Lili'u, ke kuini o ka la*hui

 He lei wehi no Lili’uokalani,
 ke kuini o ka la*hui

 ハワイ王朝が誇った権威のシンボルである'Iolani Hale(イオラニ宮殿)。そこに、かつて天高くはためいた王族の旗印を見上げる思いで、在りし日のLili'uokalani女王の姿に思いをはせながら締めくくられる『Mele O Ke Ke’ena Kalaunu』。それにしても、ハワイのネイティブのひとびとが民族としての主権を失って久しい状況にあってもなおこの楽曲が作られ、王朝最後の女王を「永遠なれ」(e ola mau)と願い歌われるそのこころはなんなのか……。おだやかな印象とはうらはらに、単なるノスタルジーにとどまらない思いが込められている予感がするmeleでした**。

by Randie Kamuela Fong

*:'Oh*ua(文字通りの意味は「家来」)は、かつてLili'uokalani女王にお仕えするひとびとが暮らしていた場所とされる。
**:作者のRandie Kamuela FongはKamehameha SchoolsのCultural Affairs Vice President。CDアルバム『I Mua E Na* Po*ki'i』(Kamehameha Schools編集・制作)によると、この作品は1993年のHo*’ikeのために作られたものだといい、そのライナーノーツには「現代社会においてハワイのひとびとがつながり、その占めるべき地位を取り戻そうとするとき、Lili'uokalani女王は、今日においてもインスピレーションと希望の源であり続けている」(筆者訳)とあります。

年始のあいさつがわりに書いてみた『ハワイ語のはなし』です。

https://www.mag2.com/m/0001252276.html

まぎらわしいハワイ語シリーズの最終回。動詞の前に置かれる「i」についてまとめた『ハワイ語のはなし』です。

https://archives.mag2.com/0001252276/20181219163000000.html?l=rzz1538ea0
‘A’ole La






https://www.youtube.com/watch?v=OmPgavwkzlE


 ねぇ、ダーリンちょっと聞いて。
 そんなこわい顔しないでよ。
 私に新しい恋人がいるなんて、そんなわけないでしょ。
 ないわそんなこと、あるわけないでしょ。

 Auhea wale ‘oe, e ku’u ipo, la,
 Mai ho’oku’emaka mai ‘oe ia’u, la,
 Mai kuhi mai ‘oe a he ipo hou ka’u,
 ‘A’ole, ‘a’ole la, ‘a’ole, ‘a’ole la.

 楽しくかけぬけるような雰囲気が、軽快なリズムとあいまって、なにか最高にハッピーな物語を予感させる『A’ole La』。「聞いてください」(auhea wale ‘oe)ではじまるmeleといえば、たいてい切ない恋心が歌われるものですが、いきなり「私に新しい恋人がいる(なんて、そんなわけないでしょ)」(he ipo hou ka’u)と相手をいさめたりしていて、どうも関係をギクシャクさせた、のっぴきならない事情がありそうです。あるいは、仲がよ過ぎていつもケンカしているような、本人たちはともかくはた目にはコミカルなカップルだったりするのかも(!?)……。なんにせよ、「そんなわけないでしょ」(‘a’ole la)と懸命に火消しにかかっているところが微笑ましく、なにより次の展開を期待させます。

 あなたにはつらく当たり過ぎたと思う。
 チャイニーズまじりの恋人の件ではね。
 (だけど)私に新しい恋人がいると思うなんて。
 ないわそんなこと、あるわけないでしょ。

 ‘O ‘oe kai hiu aku ma ‘o*, la,
 Me ka ipo pua hapa a’o Kina, la,
 Mana’o mai ‘oe a he ipo hou ka’u,
 ‘A’ole, ‘a’ole la, ‘a’ole, ‘a’ole la.

 なるほど……どうも相手の方が、先に浮気の嫌疑をかけられていたようですね。そしてそのとき、かなり激しく相手を非難してしまった(‘o ‘oe kai hiu aku ma ‘o*)……と、立場が逆になった今となっては、あの時はちょっとやり過ぎたかなという気持ちになっているのかもしれません。ともかく、一向に気持ちが収まらないパートナーを相手に、なんとか機嫌を直してもらおうと必死なわけですね。それにしても、「そんなわけないでしょ」(‘a’ole la)もこれだけ繰り返されると、「お願いだから(許して)」にも聞こえてきます。

 あなたの思うようにすればいいのよ。
 すっかり満たされるまでね。
 私はなにも疑いも心配もしてやしないから。
 ホント、なんにも気にしてやしないわ。

 Hele ia a pau kou makemake, la,
 A lawa e ka ‘ono a’o ko* pu’u, la,
 ‘A’ole no wau a’e hopo ana, la,
 ‘A’ole, ‘a’ole la, ‘a’ole, ‘a’ole la.

 さぁ、あなたの思うままにやればいいのよ(hele ia a pau kou makemake)……ということは、なんとか別れ話は回避したって感じでしょうか。あれこれ言いつのられて、相手も根負けしたのかもしれません。「Ko* pu’u」(あなたの体の丘のような部分?)が意味するところが気になりますが、「(それが)満たされるまでどうぞ」(a lawa e ka ‘ono a’o)というくだりには、相手に応じて自分をあけわたしている雰囲気もあります。なんにせよ、親密な関係において重要なのは、理屈ではないところでお互いを満たし合うことなのかもしれません。

 あなたのやきもちやきなところを歌ってみたわ。
 ホントにまったく、愛すべきおバカさんなんだから。
 さぁ、こっちにいらっしゃい、私には(ほかに)いいひとなんていないわよ。
 ホントにホント、いないから(安心して)……。

 Ha’ina ka*u hana ho’ohaehae, la,
 E ka ipo ho’ohenoheno,
 Ho’i mai no ‘oe, ‘a’ohe a’u ipo,
 ‘A’ole, ‘a’ole la, ‘a’ole, ‘a’ole la.

 まったく、ホントにどうしようもないひとなんだから……というか、そもそも疑いをかけられたほうにも責任があるのでは(?)って感じですが、ともあれ一件落着のようですね。こんなふうに、恋人たちの他愛ない仲違いが、ふざけてじゃれあう子猫たちのような雰囲気でまとめられている『‘A’ole La』。ユーモラスなハワイ語表現やストーリー展開が印象的な、不思議と記憶に残る一曲です。

by Alice Namakelua(1892-1987)