Lei Nani







 ねぇ、君、大切なleiのようなひと。
 さぁ、ぼくのところにきて、二人でギュッてひとつになろうよ。

 Lei nani(美しいレイ)と呼びかけるいとしいひとへの熱い思いが、ことばひとつひとつからにじみ出るように歌われる『Lei Nani』。まずは「ho'i mai no* ka*ua」と、相手に自分のそばに来るよう誘いかけていますが、このことばをうながした思い、あるいはこころの襞の部分が、このあと包みかくすことなく表現されていきます。

 あなたの深い愛情こそ、私がいつもこころに大切にしまってあるもの。
 こころのなかで、恋するがゆえのいたみを感じながら……。

 いとしいひとが、自分のことを大切に思ってくれている……このバースでは、そんな相手の深い愛情(kou aloha)を、慈しむようにいつも感じている(a’e hi’ipoi nei)ことが歌われています。それにしても、微妙ですね。そんなに思われてもなお、こころがずきずき痛む(Ha*ku’iku’i ‘eha)なんて……。あまりに思いが募りすぎて、自分の思いそのものが重荷になっている(?)、あるいは、あなたを思うたびに切なくなって、胸の鼓動が高鳴ってしまう、みたいなこともあったりするでしょうか。いずれにしても、思い思われる対象の存在が大きければ大きいほど、その不在がもたらす虚ろさは、ときに刃(やいば)となって胸につきささるものなのかもしれません。

 忘れられない、思いがけない愛の出来事。
 (あの日のように)あなたのその腕で、ぼくをしっかり抱きしめて……。

 そう、あなたと契りを交わしたあの愛の出来事(ka pilina)……「忘れられない」(poina ‘ole)というかぎり過去のある日のことだったと思われますが、それは、電光石火のごとく「突然に」(‘anoa’i)お互いのスィートスポットが共鳴し合う、そんな歓喜の一瞬だったことがうかがえます。そして,あの幸せなひとときが再びおとずれることを願いつつ、「e lei a’e ‘oe」(私にleiをかけてください)と、愛するあなたに促しているわけですね。このとき、あなたがかけてくれるleiについては、たとえば首にまわしたり、腰にからみついた両の腕が、対象を抱きしめるべく丸く閉じられているさまを連想させるところもあり、そう考えると、leiで飾るという以上の、かなり官能的なシーンが描写されているように思えてきたりして……*。

 この歌に込めた思いをもう一度こころに響かせて。
 さぁ、ぼくのところにきて、二人でギュッとしようよ。

 恋の対象はもとより、家族や友人から大切な故郷に暮らすひとびとまで、思いを寄せる大切なひとについて語られるときに、必ずといっていいほど登場するのがハワイ語の「lei」。そして、ハワイでは生花のleiでも街中だとスーパーマーケットでも買えたりしますが、しかるべき植物が育つ場所へ出向き、ときには山中を分け入って集めた花材で、手間暇かけて編むのが本来のleiでもあります。花や葉をひとつずつつなげていく作業は、ことばを編むことで思いを形にする作業にも似ているように感じるのですが、こころを込めて祈るように編まれたleiは、まさに手紙のように思いを伝え、お互いのきずなとして特別な意味を持つことになるのだと思う……。そんな、leiにまつわるハワイ文化の美しさが、気負いのない表現でストレートに伝わってくる『Lei Nani』。演奏者や聴き手の経験やイマジネーションに合わせてぬりかえられ、これからも愛され歌い継がれるmeleに違いないと想像しています。

*:「私が思いを寄せるlei」(ku’u lei )と語るときの迷いのない感じを出したくて、「あなたのその腕で、ぼくをしっかり抱きしめて」と訳してみました。
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