He Lei Aloha (No Hilo)






 Hiloは僕が大切に思う花のおかげでとっても素敵さ。
 その愛すべきバラはいつだって目を奪う(美しさだから)。
 Kiuの風が気持ちよくってね。
 そう、この土地のとびきりの風なんだ。

 アップテンポの心地よさが、大切な思いを伝えたくて仕方ないひとのはやる気持ちや、早鐘のように響く鼓動を思わせる『He Lei Aloha(No Hilo)』。アルバムの歌詞カードに添えられたコメントによると、この歌のメロディは、それを耳にするひとが「(Hiloに降る雨)Kanilehuaが、naupakaを打つときの音を思い起こすように作った」ものだといい、「雨が激しく打ちつけるときの)音の感じが、恋をしているときの気持ちに似ている」といった思いも込められているとのこと。たしかに、なんとなくせわしないこの歌の感じは、いきなり降り始めた激しい雨を思わせるところがありますね。ですが、おそらく雨の音といっても、トタン屋根に雨が打ちつけるようなものとは違うと思われます。というのも、Hiloに降るKanilehuaの雨に、「激しい」とか「打ちつける」といった印象はないからです。このあたり、「カンカン照り」といっても、日差しから音が聞こえるわけではなかったりするのに近いかもしれない……なんてことを思ったりしますが、記憶をたどると、Kanilehuaの細かいけれど密な雨粒は、重力ではなく空気のわずかなゆらぎに従い、絶え間なく方向を変えるようなところがありました。そう、すこぶる印象は繊細なのですが、なぜかエネルギッシュなものを感じる雨だったんですね。そんなKanilehuaの体験を考えあわせると、たしかに恋する時の気持ちのざわつきや、なんだか落ち着かない気分に近いという作者のコメントも、なんとなく納得できるように思えてきます。
 というわけで、このmeleの重要なテーマのひとつはnaupakaなのですが、このバースに登場するのはpua loke(バラ)で、さしあたって雨を思わせる描写も見あたらないようです。なんとなく釈然としないところもありますが、pua lokeはおそらく個人的な愛の対象のメタファーであり、恋愛一般にまつわる心理描写を暗示するKanilehua-naupakaとは別の次元で語られているととらえておきたいと思います*。

hui
 Naupakaの花は大切にされるもの。
 そう、それはこの胸のところに、しっかりとどまって離れないものなんだ。
 (そして)聖なるものに守られているからこそ、
 (Naupakaは)凍えることもなければ、どんなわざわいを受けることもない。

 ここで「大切にされるもの」(pu*lamahia)と歌われる「huahekili」は、「naupaka kahakai」とも呼ばれる、海辺に繁茂するnaupakaの一種。それは、胸のところにしっかりと肌身離さず(i pili i ka poli a hemo 'ole)といった具合に大切にされているといい、作者にとって、なにより大切ななにかの象徴がnaupakaであることがうかがわれます。そしてそれは、なにより神聖なものとして守られるべきもので、「その守りがなかったら(大変なことになっていた)ところを(e 'ole ou malu lani la* e*)、ここでは「寒さ」(anu)や「わざわい」(ma*'e'ele)と語られているところの外圧に屈することもないと語られます。一方、この歌の発想の原点であるとされる、naupakaをぬらすKanilehuaについては、ダメージを与えるものというよりはむしろ命の源であるはずで、ここで問題になっているいまわしいものは、別のなにかであると考えるのが自然ではないかと思われます。そして、これに続くバースでは、そのあたりのことがある程度の輪郭をともなって語られていくんですね。

 海辺の砂地は、波しぶきを受けることもない。
 (だから)さらわれたりすることがないんだね。
 そう、この土地にしっかり根付いたものは、決して失われることはない。
 
 ここでは、よもや波にさらわれかねないと思われるような海辺の土地に、それでもしっかりと根付いて育つ植物、おそらくnaupakaのことが描写されているものと思われます。ここで、naupaka kahakaiのことをざっくりまとめてみると……高さはおおよそ5~6フィート(2メートル弱)、乾燥に強く、潮風を受けながら砂地に根を張って繁茂する性質があります。隙間の少ない密度のある固まり状に育つこともその特徴で、海辺でも風のダメージが比較的少なくすんでいるのは、その形態のおかげでもあるようです。そうして、naupakaの根は風による砂地の浸食を防ぎ、積極的に砂丘を作る役割さえ担っているとされます**。海辺の土地が(kahaone)、波をかぶって失われることからまぬがれている (ua pakele mai ……i ka popo'i mai o na* nalu)と歌われるのは、実際にHiloの海辺にみられる風景そのものだと思われますが、これに続く後半部分も含めて、このバースについてはさらにイメージをふくらませてもいいのではないかと思ったりします。たとえば、大地にしっかり根を下ろしているおかげで(i ke a'a kupa'a o ka 'a*ina)失われることがないと語られているのは、潮風にも負けないたくましさのnaupakaのみならず、先祖代々、ハワイの大地('a*ina)に根を張るように生きてきた、ネイティブのひとびとのことでもあるのではないかと……。それはまた、ネイティブのひとびとが大切に守ってきたハワイの伝統でもあるはずで、そう考えると、naupakaが「胸のところに、しっかりとどまって離れないもの」と歌われることの意味もみえてきます。そうして大切に守られてきたからこそ、いまも存続しているこの土地、そして、そこでのひとびとの営みがある……そう、タイトルにある「he Lei Aloha(no Hilo)」とは、故郷、Hiloのことを思う気持ちそのものなんですね。

 歌の大切なところが(あなたに)聞き届けられたでしょうか。
 あなたの誇らしい名前を高くかかげて。
 そう、その花の聖なる価値のもとに……。
 Naupakaこそが高みにあるといえる花なのです。

 ここまで読み進めてくると、naupaka によって象徴されているのは、荒波にものまれず存続してきたHiloの土地であり、大切に守られてきたひとびとの暮らしそのものであろうことがみえてきます。そして実際に、Hiloといえば、記録にあるだけでも過去になんどか津波で大きな被害を受けてもいる土地柄***。そういう意味でも、波に流されないということばには相当な重みがあると思われますが、さらにイメージをふくらませて、守られてきたのはハワイ古来の文化でもあると考えると、荒波とは欧米諸国からの外圧を受け続け、最終的に合衆国併合に至るまでの歴史でもあるととらえても、あながち間違いではないかもしれません。そしてなにより、花(pua)といえば、世代を更新していく子孫のことでもあります。そう、受け継がれてきたハワイの宝を守れるかどうかは、いまを生きるわれわれ、および来るべき未来のひとびとにかかっている……。Naupakaこそが、なにより尊い花なのです('o naupaka no* i ka we*kiu)で締めくくられるこの歌には、そんな故郷を思う心意気みたいなものが込められているに違いないと想像しています。

*:冒頭の「pua loke」のくだりは、そのやや唐突な語り口からして、もしかすると、作者のきわめて個人的な思いが語られているのではないかと思ったりします。真相はわかりませんが、もしそうなのだとしたら、作者に直接話を聞く機会でもない限り、むやみに詮索すべきではないかもしれません。
**:Naupakaの白い花には、花を半分にしたような形状にも特徴があります。
***:近年では1946年、1960年、1975年に大規模な津波に見舞われています。

by Devin Kamealoha Forrest, Kalani Pe'a

参考文献
McDonald MA, Weissich PR: Na lei makamae-the treasured lei (A Latitude 20 Book). Honolulu, University of Hawaii Press, 2003, pp98-99
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