Kalama’ula





  (そこには)ホントに本物の(土地の)よさがある。
  (誰もが)あこがれる豊かさというか、
  あぁ、すてき……って感じの、そんなKalama’ula。

 A he sure maoli no ea*
 Me ke onaona
 Me ka nani, o Kalama’ula

 ゆったりと夢見るようなメロディラインが、そのまちに向けられる称賛やあこがれみたいなものを感じさせる『Kalama’ula』。Kalama’ulaは、Moloka’i島の南側のちょうど中央あたりにある地域で、1921年に制定された制度、Hawaiian Homes Commission Act(HHCA)によって誕生した、ネイティブハワイアンのためのhomestead lands('a*ina ho’opulapula)。現在、60近くあるhomestead landsのなかでも最古のまちで、HHCAによる入植がはじまった1922年の新聞には、70名の応募者のなかからまず8家族が選ばれ、Kalama’ula Kai(Kalama’ulaの海側の地域)に移住したことが記されています*。そして、『Kalama’ula』の作者であるEmma Kala Dudoitは、このときの移住者のひとりだったといいます**。というわけで、「その土地ならではのもの」(he sure maoli)のよさが高らかに歌われているのは、おそらく、新天地での生活に胸ふくらませた彼女の、あふれんばかりの期待感そのものなんですね。しかも、そんな彼女の思いはほかの多くの住人たちのものでもあったようで、最初の移住者のひとりだったGeorge W. Maiohoが、1924年に自らの選挙広告を新聞に掲載する際に、『Kalama’ula』全バースの歌詞を引用してもいます***。当時、ネイティブのひとびとに共有されていた、homestead landsに暮らす喜びや誇りがうかがえますが、それに加えて、そんなローカルなこの歌が今日まで歌い継がれてきたことは、homestead landsに対する、ハワイのひとびとの特別な思いのあらわれなのかもしれない……と思ったりもします。

 (次々と)運ばれやってくる。
 (それがまた、みな)若者たちばかりなんだ。
 あまりに素敵じゃないか……そんなKalama’ula。
 
 E ha*pai’ia nei ea*
 He u’i mai ho’i kau
 Me ka nani, o Kalama’ula

 「続々と(入植者たちが)運ばれて」(e ha*pai’ia nei)きて、しかも、元気はつらつとした若者ばかり(he u’i mai ho’i kau)……このあたりの表現からは、さぁ、これからまち作りだ!みたいな活気が伝わってくるように思われます。実際に、現役世代が入植者として選ばれていたようで、選抜にあたっては、年齢および子どもがいるかどうかといったことも考慮されたようです。ちなみに、『Kalama’ula』を自らの選挙広告に使ったGeorge W. Maiohoは、hapa Chineseで入植当時は40歳、結婚していて4人の子ども(2 人の娘と二人の息子)がおり、いろんな仕事ができるひとで、農作物の栽培から家畜の飼育までをこなしたとあります(Kuokoa, 7/6/1922, p. 1)。彼のことが紹介されているこの新聞記事には、「当選が決まったら、すぐにでもKalama’ulaに行きたい」という彼の意気込みまで記されていて、Kalama’ulaが「me ka nani」(美しさとともにある)と語られるそのすばらしさは、そんな希望に満ちたひとびと抜きには語れない、なにか特別なものだったのではないかと思われます。

 よく知られてるいように、
 ここは(ネイティブハワイアンが)新たに手に入れた土地。
 いい感じだろう……そんなKalama’ula。

  ‘A*ina ua kaulana
 I ka ho’opulapula
 Me ka nani, o Kalama’ula

 この土地は、「(ハワイアンの)入植地」(ho’opulapula)として知られているところ……先回りして書いてきましたが、Kalama’ulaがネイティブハワイアンのための新たな入植地であったことが、ここではじめて語られています。それにしても、なぜにネイティブのための土地があらためて必要とされたのか……このあたりに関しては、19世紀はじめに土地の所有をめぐる社会的な仕組みが変わって以降、多くのネイティブのひとびとが土地に根差した生活を奪われたことや、ネイティブ人口の激減(社会的、経済的、医療的、政治的要因による)といった、深刻な問題抜きには語れないところがあります。だからこそ、Kalama’ulaの土地は希望であり、子どもたちに受け継いでほしい未来そのものであったはず……そう考えると、繰り返される「me ka nani, o Kalama’ula」(美しさとともにあるKalama’ula)には、「nani」を「美しい」といったのではこぼれ落ちてしまう、なにか深い意味合いが込められているのではないか……なてことも想像されます。

 さぁ、みんな行くよ。
 そして、その土地に暮らすのさ。
 ステキなところ(になるよ、きっと)……そんなKalama’ula。

 E ho’i ka*ua ea*
 E noho i ka ‘a*ina
 Me ka nani, o Kalama’ula

 (その土地に寄せる)思いが届いたでしょうか。
 みんな、一緒に行くんだ。
 そして、よき人生を(送れたらいいなと思う)……そう、Kalama’ulaの土地で。

 Ha’ina mai ka puana ea*
 E Ho’i mai ka*ua, he
 Me ka nani, o Kalama’ula

 「さぁ、みんな行くよ!その土地でよき暮らしを送るために」(e ho’i ka*ua ea*, e noho i ka ‘a*ina……me ka nani)……そんなふうに、ネイティブの未来を託されつつ、自らの人生を切り開こうとしたひとびとの思いをのせて歌われた『Kalama’ula』。その歌が、1世紀近くを隔てて今日まで歌い継がれてきたことは、homestead lands('a*ina ho’opulapula)に象徴されるハワイの負の歴史が、決して過去のものではないことを示しているのではないかと思われます。そんなことを思うにつけ、近年、この歌をアルバムなどで取り上げているハワイのミュージシャンが、いったいそこにどんなメッセージを込めているのか(!?)なんてことも気になるところ。ハワイの風景に感動したりするのとは別の感受性が要求されそうですが、このあたりに、観光で出合うのとは違う仕方で、ハワイのリアルを知る手がかりがあるような気がしています。

by Emma Kala Dudoit

参考文献
1)Mackenzie MK: Native Hawaiian Rights Handbook. Honolulu, University of Hawaii Press, 1991, pp43-76

*参考にしたハワイ語の新聞のアーカイブ*
https://nupepa-hawaii.com/2014/06/03/the-pioneers-of-the-hawaiian-homes-lands-in-kalamaula-molokai-1922/(Kuokoa, 7/6/1922, p. 1)

https://nupepa-hawaii.com/tag/kalamaula/(Kuokoa, 9/4/1924, p. 2)

*:このとき選ばれた8家族は、純粋なハワイアンを含めhapa Haole、hapa Chinesといったひとびとで、ネイティブハワイアンの血を受け継いでいることが選考にあたっての条件だったようです(Kuokoa, 7/6/1922, p. 1)。
**: Emma Dudoitはこの歌を作った翌年には亡くなっています。
***:選挙広告は、George W. MaiohoがMaui島(Moloka’i島およびLana’iを含む)の地方選挙に共和党から立候補したときのもの(Kuokoa, 9/4/1924, p. 2)。

※Hawaiian Homes Commission Act(HHCA)について
 1921年にできた法律による制度。王朝時代までは政府および王家のものだった土地は、併合にあたってハワイ共和国により合衆国に譲渡されましたが、その土地を、ネイティブハワイアンによる入植地にすることがこの制度の目的。この施策のもと、ネイティブハワイアン(応募条件としてはハワイアンの血が50%以上)は、99年リース、年間1ドルで、住居、牧畜、農業などの生業に土地を利用する権利を獲得できるというもので、入植地を整備するにあたってHHCAによる支援も行われるなど、法律によってネイティブハワイアンの利益を保証する役割を担ってきた制度です(制度そのものにはっきりとその目的は述べられていない)。ただし、HHCAをうまく利用して利益を得てきたネイティブ以外の事業者などもあり(おもに有力な砂糖関連の企業など)、必ずしもネイティブの権利を守ってきただけの制度ではないようです。
 1990年の統計では、該当する土地の62%が非入植地的な目的のために使われる一方で、19,000人以上のネイティブが順番待ちの状況だったとか。それでも、HHCAが長年続けられてきたことにはなんらかの意義があると思われますが、その理念がつねに危うさとともにあり続けたという事実は、ネイティブハワイアンが、現代社会においてネイティブとして土地を手にすることにともなう、ある困難を示しているといえそうです。
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