Hanalei I Ka Pilimoe







 目がさえて眠る気になんてなれなかったよ。
 Ma*healaniの月があまりにきれいで、すっかりうれしくなっちゃってね。

 ゆったりと連なるメロディが、眠りにつこうとするHanalei(Hanalei i ka pilimoe)を体験した誰かの、喜びに満ちた気分を感じさせる『Hanalei I Ka Pilimoe』。その美しさにすっかりうれしくなった(hia'ai i ka nani)と歌われるMa*healaniは、ハワイ語で十六夜の月を表すことば。そろそろ眠りにつこうかという頃合いに目にしたその月の、あまりに清々しく光を放つ姿にこころ奪われて、ときめく気持ちのままに夜のHanaeiをしばし眺めてしまった……みたいな感じでしょうか。わずかのかげりも感じさせないこの歌の明るさは、ある夜のHanaeiの月明かり、あるいは闇を背景に白く浮かび上がって見えたまちの風景そのものではないかと思われます。

 Moa'eの風がやってくるのを感じたね。
 Wai’oliのまちに向けて気持ちよく吹き抜けていたよ。

 ふわっとその訪れを感じた(ko*aniani mai)とされるMoa'eの風は、ハワイの島々に向けて東から吹く貿易風のこと。それが「気持ちよく吹き抜けていった」(pa*'olu)と歌われるあたりからは、窓から風景を眺めているというよりは、屋外にいて月明かりが降り注ぐ空間を全身で受け止めているような臨場感も感じられます。
 ここに登場するWai’oliは、くっきりと弧を描くHanalei湾のちょうど中央あたりに面するまち*。そして、現在、Hanaleiと呼ばれているのは、このWai’oli も含めてHanalei湾をぐるっと取り囲む地域から内陸部に広がるエリアです。ただし、古代には、Hanaleiといえば、湾の東の海沿いから、島中央のWai’ale’ale山あたりに続くHanalei渓谷までを指し、その他の地域は西からWaikoko、Waipa*、Wai’oliと、それぞれ別のエリアとして認識されていたようです。この地域区分は、伝統的な生活が営まれていたころに一般的だった「ahupua'a」と呼ばれるもので、その多くが海辺から山側に向けて帯状に続くという特徴を持っています。そして、作者が月明りにこころふるわせたのは、Wai’oliの平野部(ke kula a'o Wai’oli)なわけですが、次のバースには、Wai’oli地域をahupua'aとしてみたときの、山側の起点があるKalikoという地名が登場します。

 あの光景をみて、おおいなる幸せみたいなものを感じたね。
 Kalikoのほうから流れてくる川面が、(月明かりに)ちらちらと輝いていたんだ。

 月明かりに照らされて、ちらちらと輝く流れの美しさ……このバースでは、思いがけず目にした水辺の光景がもたらした、この上ない幸せな気分('oli'oli)が歌われています。やさしくそよぐMoa'eの風が川面をふるわせ、月明りできらきらと夢のように輝いている……水の流れといってもいろいろありますが、作者が眺めたのは平野部(ke kula)のそれなので、ある程度の川幅でもって、ゆったりと豊かな水をたたえている感じを想像してみました。もっとも、その輝きは、「Kalikoからやってきた水の輝き」(ka hulili o ka wai no Kaliko)と語られていて、その流れがWai’oliの奥深く、Na*molokama(約1,300メートル)の高い峰あたりから集まってきたものであることが、強烈に意識されていることがわかります。Hanaleiといえば、Kaua’i島でもとりわけ水資源が豊かな地域で、その昔はkalo(タロ)の水田が広がっていたりもしたところ。そんな自然の恵みが、奇跡のように美しく迫ってきたひとときは、その伝統を自らのルーツとするひとにとって、特別ななにかを感じさせるものだったに違いありません。

 僕はもう選ばれし者の気分だったさ。
 眠りが訪れようとするひとときの、あのおだやかさに立ち会ったドキドキでね。

 あの夜の感動が伝わったかな。
 おだやかな夜に、Hanaleiは比類ない表情を見せてくれるもの……。

 まちも眠るような静寂に包まれながら、曇りなく輝く月明りに白く照らし出されていた、ある日、ある夜のHanalei。その息をのむようなひとときに、いま、まさにただひとり立ち会っている―そう思うと、自分がまるで選ばれし者である(he pua no* au i poni 'ia)かのような思いだったことが、ここでは信仰告白さながらのことば遣いでもって語られています。ですが、ここはHawai’iの自然にあらわれた神(的なもの)、キリスト教的な唯一絶対の神よりも、あらゆる自然現象とともにあるような、汎神論的な複数の神々をイメージしたほうがいいかもしれません**。それはともかく、自然が見せてくれる奇跡のような美しさは、ときに人間の力を超えたなにものかを感じさせてくれるもの。それですっかり気持ちがハイになってしまい、月明りのなか、たかぶる気分のまま輝く川面を眺め続けたと歌われる『Hanalei I Ka Pilimoe』。一方、街灯やネオンで明るさが絶えない街中もまた、闇が失われた眠らない世界といえなくもないですが、人工物に守られ過ぎた都会では、畏敬の念でもって迎えるべきなにかのための場所を見つけるのも、いまや至難の業なのかもしれません。

words by Devin Kamealoha Forrest, music by Kalani Pe'a

*:Wai’oli は、19世紀はじめ、まだ布教がはじまったばかりの頃に移住した宣教師たちによる教会があるなど、歴史の痕跡がいまも残されているまちでもあります。
**:自然のあらゆる現れに神的なものを見出し、信仰の対象にしてきたという意味で、古代のハワイの神々には、宇宙をまるごと神ととらえ、世界のそこかしこに神の現れを認める汎神論的な神々を思わせるところがあります。キリスト教をはじめ一神教と呼ばれるものの対極にあるといえそうですが、祈りの対象や目的ごとに別の名を持つ神々が存在する一方で、神々の力はすべて「mana」(自然のパワーを意味するハワイ語)と呼ばれるあたりは、ハワイ的信仰が、複数でありながらも単一であることを示しているといえるかもしれません。

参考文献
1)Wichman FB: Kaua'i-ancient place-names and their stories.Honolulu, University of Hawai'i Press, 1998, pp106-113
2)Kanahele GS: Ku kanaka stand tall-a search for Hawaiian values. Honolulu, University of Hawaii Press, 1993, pp96-100
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