Ka Na’i Aupuni







 緑生い茂るHawai'i島。
 Pi'ilaniの湾(で名高いMaui島)。
 Ka*kuhihewaで知られるO'ahu島。
 (そして)Manokalanipo*が治めたKaua'i島。

 E Hawai'i nui kuauli
 E na* hono a'o Pi'ilani
 O’ahu o Ka*kuhihewa
 Kaua'i o Manokalanipo*

 Hui
 あなたがたが、(この島々を)治めるのです。
 私が大切に拠り所としてきたことにのっとって、(これからも統治し)続けてほしい。
 (それは)Hawai'iという国のしかるべきはじまり(をベースにすることにほかならない)。
 この大地のよき秩序が、正しい仕方でずっと続きますように。
 
 Hui
 E na'i wale no* 'oukou
 I ku'u pono, 'a'ole pau
 I ke kumu pono o Hawai'i
 E mau ke ea o ka 'a*ina i ka pono
 E mau ke ea o ka 'a*ina i ka pono

 「国を征服すること」(ka na'i aupuni)とも訳せそうなタイトルが、その素朴なメロディラインに反して、多分に政治的なものを感じさせる『Ka Na'i Aupuni』。ハワイの島々が呼びかけられたあとに、Kamehameha一世が死ぬ間際に言い残したとされることば「あなたがたが、(この島々を)治めるのです」(e na'i wale no* 'oukou)が続いており*、まさに「国を治めること」がテーマにほかならないことがわかります。もっとも、この歌詞については、最初に活字になったときは、「na’i」(征服する)ではなく「‘oni」(move、動く)と記されていたといい、もともとは、これからも「私(Kamehameha)のよしとしてきたところを目指して」(i ku'u pono)、「とにかく前進するように」(e 'oni wale no*)といった意味のことを、身近な家族や側近たちに向かって語ったことばだったのではないかと思われます。しかも、このフレーズについては、「i ku'u pono」に続く「'a'ole pau」(文献2では「'a'ole e pau」)が、もとは( )に入っていたという話もあって、最初の歌詞にはなかった勇ましさ、あるいは、まるで敵に立ち向かっているような意味合いが、後になって付け加えられたのではないかとも考えられます。
 この推測があながち間違いではないと思われるのは、Kamehameha一世ばかりか、Kamehameha三世が残したとされることばも引用されているあたり。「E mau ke ea o ka 'a*ina i ka pono」の部分ですが、これも実はもとの歌詞にはなく、「平和を守るように」(e ma*lama i ka maluhia)といった、それほど強さが感じられないフレーズだったところがのちに置き換えられて、現在の歌詞になったようです。どういう経緯で書き変えられていったのかはわかりませんが、Kamehameha一世がこの世を去り、王国としての体裁がおおむね整ったとされるKamehameha三世の時代以降、たった半世紀でその国が主権を失うに至った歴史と無縁ではないような気がしてなりません。

 (民族の)統一のために、思いをひとつにしよう。
 統一のために……そう、こころを寄せ合って。
 ひとつになるために,深い愛でもってつながること。
 (そうすることで)この大地が、正しい仕方でずっと治められますように。
 
 I ho'okahi, kahi ka mana'o
 I ho'okahi, kahi pu'uwai
 I ho'okahi, kahi ke aloha
 E mau ke ea o ka ‘a*ina i ka pono
 E mau ke ea o ka ‘a*ina i ka pono

 こんなふうに、「ひとつになるために」(i ho'okahi)と繰り返される部分は、島ごと、地域ごとに別のali'i(chief)たちが治めていた時代に、全島を統一しようとしたKamehameha一世の心意気をあらわしているようにも読めます。ですが、前半でみたように歌詞が書き換えられていった経緯もあり、彼のことばを自分たちのものとして引き受けようとするひとびと自身の思いがそこからうかがわれること、そして、この歌が現在も(おそらく、ある意図でもって)歌われていることからすると、ハワイの島々の過去、現在、そして未来をどう考えるべきかといった、切実な問いを含むmeleである可能性もありそうです。
 そのあたりを探る手がかりになるのが、何度も繰り返されるKamehameha三世の発言がもとになったとされる格言、「ua mau ke ea o ka 'a*ina i ka pono」。Kahemahema一世の死後、ハワイ古来の神々への信仰を廃し、王族らが自らキリスト教化を受け入れるなか社会制度の近代化も推し進められますが、そんな新旧のはざまにあって、その後のハワイの政治的かつ社会的な基盤を模索したのが、Kamehameha三世そのひとでした。なかでも、彼が1839年に土地の個人所有制度の導入を宣言し、そのための法律「The Great Mahele」(1848年)が施行されて以降の社会変動は、ハワイのネイティブのひとびとと土地との関係を、決定的に変えることになります。ちなみに、「ua mau~」ではじまるフレーズのもとになったのは、1843年のKamehameha三世の発言。つまり、彼が王国の統治(ke ea o ka ‘a*ina)が永続するための「ka pono」(正しさ、バランスのよさ)を模索していた時期のものだったと考えられます**。結果的に、多くのネイティブのひとびとが土地との関係を引き裂かれ、貨幣経済の底辺へと押しやられることになったわけですが***、それだけに、このKamehameha三世のことばは、ハワイのある重要なターニングポイントにあるという見方もできそうです。そして、いまだにそこからふりかえるべき歴史を抱えているのも、美しいだけではない南の島々の、本当の姿ではないかと思われます。なにができるわけでもありませんが、私たちが豊かな自然にあこがれて訪れるハワイも、実はその本来の姿を丸ごと守られてきたわけではないこと、もっといえば、観光で目にする楽園は、資本主義にのっとられたディズニーランド的リゾートである可能性もあることを、せめて忘れずにいたいものです。

*:Kamehmeha一世が亡くなったのは1819年。
**:『No Na* Mamo』では、この一文に「the sovereignty of the Kingdom is perpetuated by justice」(正しい統治が行われてこそ、王政は存続する)という訳があてられています。
***:「The Great Mahele」以後に土地を獲得できたのは、ネイティブハワイアンの成人男性の26%に過ぎなかったとする統計もあります(MacKenzie, 1991)。

参考文献
1)Carol Wilcox et al: He Mele aloha-a Hawaiian songbook. Booklines Hawaii Ltd, 2008, pp14
2)Chun MN: No Na Mamo-Traditional and Contemporary Hawaiian Beliefs and Practices. Honolulu, University of Hawai'i Press, 2011, pp1
3)Mackenzie MK: Native Hawaiian Rights Handbook. Honolulu, University of Hawaii Press, 1991, pp8
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