Ki*lauea







 見上げるとKi*laueaは燃えている。
 火の女神の(情熱がたきつける)炎によって。

 A ka luna o Ki*lauea
 I ke ahi a ka wahine

 Hawai’i島中央からすそ野を広げるMauna Loa山の南東、Puna地域にあり、現在も活発な火山活動を続けるKi*lauea。その燃えたぎる姿が、偉大な女神Peleとして信仰の対象とされ、数多くの伝説でも知られる山ですが、Alice Na*makelua(1892-1987)によるこの『Ki*lauea』では、そのありのままの姿が、飾り気のない平易なことばで描写されていきます。

 女神Peleは低い姿勢で踊るようにあふれ、流れる。
 (そうして)轟音や地響きを立てながら向かってくる。

 Haʻa ana ka wahine Pele
 ‘U*hi ‘u*ha* mai ana la*

 なんとなく不思議な語感のある「‘u*hi ‘u*ha」は、火山の噴火にともなう大きな音や、爆発の衝撃をあらわすことば。燃える地球の奥深くからあふれてくる溶岩(ハワイ語で「pele」)が、いわば大地の叫びともいえる爆音や地響きとともにあることがわかる表現です。そんな、無限のエネルギーを感じさせる一方で、ここでは「低い姿勢で(踊るように進み続ける)」(haʻa ana)とも語られ、そのエネルギーや破壊力のわりに、その歩みが案外ゆっくりであることもうかがえます。このあたりは、溶岩の粘度や温度といった条件によるもので、同じHawai’i島の火山でも、Mauna LoaとKi*laueaとでは、それぞれの溶岩流はかなり違った動き方をするようです*

 PeleはPunaの地でむさぼり食うように(大地を)覆っていく。
 そうして海のきわまで行きついて(は、大地の姿を変え続ける)。

 Nome ana ʻo Pele i Puna
 Aia ka palena aʻi kai ʻea*

 (この歌は)Peleを讃えるため、
 そう、Ki*laueaに住む女神に捧げるべく作られたもの。

 He inoa nou aʻe Pele ʻea*
 Ka wahine noho a i Ki*lauea

 「PeleはPunaの地でむしゃむしゃ食べている」(nome ana ʻo Pele i Puna)……「nome」に「むしゃむしゃ食べる」という語感があるせいか、獣が唾液をしたたらせながら喰らう姿を思わせるところがある表現です。なんとなく、ゴジラ級の怪物があばれまくるさまが想像されたりもしますが、大地を焼き尽くしていく溶岩流のエネルギーからすると、決して大げさな表現ではないのだと思われます。実際にKi*lauea側の高台から海側を見下ろすと、まだ時を経ていない溶岩流のあとが、いく筋もの黒い帯状にPunaの地を覆っている光景を見晴らすことができます。そうして海に到達した溶岩流は、冷えて固まり、海と陸との境界線(ka palena)を少しずつかき変えてきたわけですね。そう考えると、peleは破壊力である以前に、まずはPunaの地の創造者であったわけですし、そもそもその爆発的なエネルギーがなければ、ハワイの島々自体が現れることはなかったともいえます。創造し生み出す力の源としてそこにありながら、死すべきものの運命をもつかさどるKi*lauea。それは、ハワイのひとびとにとって、まさに女神Peleと呼ぶにふさわしい存在なのだと思われます。

 Ki*laueaに神聖さが保たれますように。
 (そうして)われわれの生活が未来永劫続きますように。

 Hoʻi no* e ke kapu i Ki*auea
 E ola ma*kou a mau loa

 この歌を女神Peleに捧げます。

 He inoa no* Pele

 圧倒的な存在感でもってそこにあり、人間の力のおよばないものへの畏怖の念を、いやおうなく突き付けてくるKi*auea。その聖性(ke kapu)を担保し(hoʻi no* e ke kapu)、人間がその領分をわきまえることで、その地に暮らすわれわれの命、つつがない日常が永遠に続きますように(e ola ma*kou a mau loa)……こんなふうに、さらっと歌っているわりには、その意味するところが結構深かったりする『Ki*auea』。やさしく語り聞かせるような、構えない雰囲気も際立っていますが、そのあたりに影響しているのではと思うのが、作者であるAlice Na*makeluaの人となり。総数180もの楽曲を残した彼女ですが、その多くは、なんでも彼女がHonoluluのとある施設で働いていた23年間(1935-1958)に、子どもたちに歌やhulaを教えるために作ったものだったりするようです。そんなわけで、このKi*laueaの飾らない感じも、子どもたちに届くことばを選んだ結果なのかもしれない……なんてことを思ったりするのですが、そもそも自然の偉大さに思い至るために、経験や知識といったものが必要なのか?という気もします。そう、なにより大切なのは、ありのままの世界を体験できる、子どものまなざしや感性を持ち続けることではないかと……。おそらく、ホントウのことは、すでに、いつもそこに開かれている。そんなことをいまさらながらに教えられた気がする、『Ki*lauea』なのでした**。

by Alice Na*makelua

*:たとえば、Mauna Loaからの溶岩流が数時間で移動する距離を、Ki*laueaからのそれは、ゆっくりと2~3週間かけて移動するようです。ちなみに、4,000メートルを超えるMauna Loaは、約1,200メートルのKi*laueaを見下ろす位置関係にあります。
https://www.earthmagazine.org/article/kilauea-vs-mauna-loa
**:Alice Na*makeluaの経歴等についてはこちら。
http://hiroesogo.blog.fc2.com/blog-entry-408.html
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