E Ho* Mai







 高みにあるすばらしき英知をお授けください。
 Meleに込められた深遠な教え、hulaにまつわる(人の生そのものでもあるような)大切なことを。
 それらがやってきて(私のなかで形を成し、この世のものとなるように)……。

 E ho* mai i ka 'ike mai luna mai e,
 I na* mea huna no*'eau o na* mele/hula/i ke ola e.
 E ho* mai, e ho* mai, e ho* mai e!

 身も心も投げ出して、すばらしきなにかの到来を一心に待ち受けているような、厳かな雰囲気に満ちている『E Ho* Mai』。「E ho* mai」を文字通りに訳すと「私に与えてください」になりますが、「ho*」には「運ぶ」(transfer)の意味もあることから、なんらかの「認識」(ka 'ike)がどこからともなくやってきて、自分のなかにストンと落ちるのを待っている、あるいはトランス状態に近いものを待ち望んでいるしているような感じもあります。しかもそれは、ある高みからやってくる(mai luna mai)ものとして意識されており、天を仰ぎ見ながら祈るときの、研ぎ澄まされた精神性みたいなものが渇望されているようでもあります。
 この作品は、hula界でコンポーザー、チャンター、ダンサーとして活躍し、ハワイの伝統文化を伝える教育者でもあったEdith Kanakaole(1913-1979)によるもの。知を共有しようとするさまざまな学びの場で、参加者に求められる精神的なコンディションを整えるための、いわばこころの準備運動的に唱えられることが多く、たとえば、ha*lau(hulaの教室)でのレッスン時には、練習の開始を宣言する意味でも詠唱されたりします。日々の雑多なストレスを断ち切り、心を開き、全身全霊をhulaの学びに集中すること……いってしまえば、気持ちをフラモードに切り替えるためのもので、レッスンのたびに唱える儀式的な要素が多分にありますが、mele(歌)に込められた英知(no*'eau o na* mele)にどこまでアクセスできるかを左右するという意味では、各人の真剣度というか、学ぶ姿勢が試される機会だといえるかもしれません。
 とはいえ、行いそのものはいたってシンプルで、この短いoliを3回、少しずつピッチを上げながら繰り返すだけ。重要なのは、単に同じフレーズを反復しているのではなく、その過程で、各人のなかになにかが起こることがめざされていることだと思われます。2回目、3回目とピッチが上がっていくのもそのあらわれで、階段をひとつずつ上るように気持ちを高揚させながら、しかるべきところに思いが向けられるよう、こころと体のバランスをとる、つまり、ハワイ語で「lo*kahi」(unity、harmony)と呼ばれる状態に到達しようとしているわけですね。こうして、心とからだをベストな状態にしたうえで、各人の生を超えたもうひとつのチャンネルにつながろうとすることは、「精神世界」とか「スピリチュアル」と呼ばれるあたりにもかかわってくるところで、信仰や宗教との境目が微妙ですが、神話や伝説として語られることがらも、祖先から伝えられた英知を時代的に遡ったものだと考えれば、現代人にとっても大いに学ぶべきところがあると思われます。もっとも、自分のルーツがハワイにあるひととそうでない私たちとでは、当然、事情が異なるわけですが、彼らのお作法にならうのであれば、そのあたりのことにも、ある程度センシティブになるべきかもしれません。少なくとも、hulaをはじめとするハワイのネイティブのひとびとの文化が、彼らのアイデンティティの問題と切り離せないところにあることだけは、忘れないでいたいものです。

by Edith Kanaka'ole

参考文献
1)Uchiyama M: The haumana hula handbook for students of Hawaiian dance: a manual for the student of Hawaiian dance. Berkeley, North Atlantic Books, 2016, p96
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