Aloha Tower







 Aloha Towerは堂々とそびえてる。
 Honolu*lu*の港に荘厳な趣で。

 Oheohe Aloha Tower a'e ku* nei
 Kilakia i ke awa a'o Honolu*lu*

 道しるべとなる灯りが放たれている。
 そのきわだって新鮮な輝きでもって。

 'O ka ipu kukui e 'a*napanapa
 Kou ma*lamalama u'i kelakela

 明るく弾むようなメロディラインが、訪れるひとをひきつけてやまないその場所の、華やかな賑わいを感じさせる『Aloha Tower』。Aloha Towerは、1926年にHonlu*lu*の港に立てられた灯台で、高さ56メートルの10階建て。Waiki*ki*にも近く、現在は周辺にショッピングや食事が楽しめるエリアもあって、多くの外国人が訪れる観光スポットでもあります。もっとも、高層のホテルが立ち並ぶいまとなっては、「高くそびえている」(oheohe……a'e ku* nei)と歌われるような印象はありませんが、この歌ができた当時のHonlu*lu*を想像しながら、作者がみたAloha Towerのイメージをふくらませてみたいと思います。

 時を告げるのもAloha Towerだったりする。
 まちの正確な時刻をね。

 Na*u e ma*lama a'e helu pono
 I ka manawa pololei a'o ke kaona

 ときおり響いてくる鐘の音に、「あら、もうこんな時間!?」と気づかされる……そんなゆったりしたときが流れる風景が、かつてはHonlu*lu*のまちにもあったようです。Aloha Towerにはりっぱな時計が設置されていますが、当時は地域の時計台の役目もはたしていたんですね。
 Aloha Towerができてから数年後に撮影された写真をみると、南方向に張り出した埠頭のきわのところに、圧倒的な存在感でもって海に向かう、Aloha Towerの威厳のある姿があります。周辺には船舶のデッキといった港湾機能があるだけで、商業施設らしきものはみあたりませんが、なんといっても島一番の高層建築。まちのシンボル的存在としていつもひとびとのこころのなかにある、そんなタワーだったのではないかと思われます*。

 その役割はもてなすことでもある。
 旅人たちが集まってくるところだからね。

 'O ka*u hana mau la* 'o ka ho'okipa
 O na* malihini a e po*hai nei

 「あぁ、もうすぐHonolu*lu*港よ」……そんなふうに、これからの旅への期待に胸ふくらませるひとの目にまず飛び込んでくるのが、埠頭にそびえるAloha Towerでした。交通手段といえば船に限られていた時代には、旅人を迎えるのも見送るのもAloha Tower。そんな旅の情緒をかきたてていたころの面影は、いまもタワーのレトロな雰囲気に若干残されているように感じますが、当時のランドマークとしての存在の大きさは、相当なものだったのではないかと想像されます。

 こころ静かに思い起こしてみたよ。
 Aloha Towerの見上げるような姿を。

 Ha'ina ka puana me ka maluhia
 Oheohe Aloha Tower a'e ku* nei

 「心静かに」(me ka maluhia)Aloha Towerへの思いを振り返ってみた……ここではそんな感じにしめくくられています。Honolu*lu*やWaiki*ki*といえば、まずは観光客が行き交うにぎやかな表通りが連想されますが、作者の目に浮かぶ風景は、いまとは随分異なるようです。
 1930年に撮影された、Honolu*lu*を西側からみわたした写真をみると、Aloha Towerから東のDiamond Headまで、視界をさえぎるものはまったく見あたりません。もちろん、田園風景ではなく「まち」ではあるのですが、なんとなく静かな田舎町といった風情があります。とはいえ、合衆国併合後30年を経たこの頃は、軍事関連施設の整備がすでに相当進んでいたころ。一見、のどかなようですが、ハワイ古来の土地とひととの関係が失われ、ひとびとの生活が確実に変わりつつあったころでもありました。ましてや、Honolu*lu*のような中心地は変化も早かったはず。『Aloha Tower』でも、命あるものとしての土地とのつながりを感じさせる「’a*ina」(大地)は用いられず、英語の「town」由来の「kaona」が「まちの正しい時刻」(ka manawa pololei a'o ke kaona)といったフレーズで登場しています。ハワイを旅すると、時計にしばられない「ハワイ時間」みたいなものを満喫できる……旅行者としては、そんなことがなにより嬉しかったりするのですが、それももしかしたら、ハワイにはりついた南の楽園の幻想に過ぎないのかもしれませんね。そう、少なくともかれこれ100年前から、Honolu*lu*は「kaona」(town)であり、Aloha Towerが時を刻んでいたのですから……。
 ところで、作者のClarence Kinneyとはどんな人物だったのかというと……生没年はわかりませんが、1922年、42歳の時に、妻と7人の子どもとともにKalamaula(Molokai島)に移住したという記録があります*。もともとはHonolu*lu*に暮らすウクレレ職人だったようですが、hapa haoleとして農園を所有する家族のもとで生まれ育った彼には農業の知識もあり、Kalamaulaへのネイティブのひとびとの入植がはじまった初期の段階に選ばれ移住したようです。そうすると、Aloha Towerができたのは彼がHonolu*lu*を離れてからのこと。里帰りした彼が、Aloha Towerに出迎えられる、なんてこともあったかもしれません。

by Clarence Kinney

*:https://nupepa-hawaii.com/tag/clarence-k-kinney/(Kuokoa, 7/6/1922, p. 1)

参考文献
1)Grant G et al: Hawaii Looking Back: an illustrated history of the islands. Honolulu, Mutual Publishing, 2000, pp286-289
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