Na* Pua Lei 'Ilima



 'Ilimaのleiはきれいだよね。
 愛すべき美しさで、華やかさもあって……。

 He nani na* pua lei 'ilima
 'O ka u'i ho'oheno uluma*hiehie

 端正に整えられたleiをうやうやしくながめながら、そのあまりの美しさに、すっかりこころ奪われてしまった……そんな様子が目に浮かぶように思われる『Na* Pua Lei 'Ilima』。花やleiをいとおしむ歌詞に、愛すべきひとへの思いが重ねられるタイプの典型ですが、ふと口ずさんでできたようなメロディと飾らない歌詞が、思いを語るひとのまっすぐな思いを象徴しているような感じがあります。

 そう、'ilimaのleiはホント、華やかだよね。
 (それで)旅人も、土地っ子も、みんな身につける。

 Ulumahiehie ka lei 'ilima
 'Ohu'ohu na* malihini me na* kama'a*ina

 その花のところにぼくの思いはつい引き寄せられてしまう。
 'Ilimaの名高い美しさに。

 I laila ho'ohihi ko'u mana'o
 I ka nani kaulana o ka 'ilima

 地元のひとはもちろんのこと、よそから来たひとも身につける……ここは、'ilimaのleiが「華やかで」(ulumahiehie)とされる描写を受けてのフレーズなので、さらっと読んでもいいかもしれません。その一方で、'ilimaのleiがみんなに愛されている事実は、そのleiに思いを定めたひとにとって、こころ穏やかではいられない状況ではないかとも思われます。というか、誰もが引き寄せられるほど魅力のあるひとが不意にあらわれてラッキー?!みたいな感じで、ちょっと浮き足だってしまったんでしょうか。たとえば、初めて出会ったフラダンサーに目が釘付けになって、いきなりそのひとしか見えない状況になってしまった、みたいな……。そう考えると、「そこのところに思いは引き寄せられる」(i laila ho'ohihi ko'u mana'o)という、対象との距離が感じられる表現に、直接ことばを交わす間柄ではない相手を、少し離れたところから「いいなぁ~」と眺めているような雰囲気も感じられるような……。

 'Ilimaはmaileとともに編まれて、
 からだを美しく飾るleiになる。

 'Ilima i hui 'ia me ka maile
 Ka lei ho'ouluwehi i ke kino

 薄く、繊細な'Ilimaの花びらの連なりが、maileとともに編まれ、ふんわりそのさわやかな香しさに包まれる……このなんとも美しく華やいだ描写は、もしかすると、二つの個体の幸せな交わりを象徴しているのかもしれません。そうなればいいなぁ……という一心でつむがれたであろうこのことばは、はたして思いを寄せるそのひとの胸に響いたのでしょうか。

 ぼくが大切に思う'ilimaのleiのすばらしさが伝わったでしょうか。
 気品に満ちて、高貴さそのものといった立ち居振るまいだった……。

 Ha'ina ka puana o ku'u lei 'ilima
 Ku*lana hiehie me ka hanohano

 「気品をまとい」(me ka hanohano)、「エレガント」(hiehie)そのものといった風情で「そこにいる」(ku*lana)……「ku*lana」というハワイ語に、なにかがしっかりとある場所にあらわれているときの迫力が感じられることから、なんとなく、もうそこにいるだけで周囲の注目を浴びるような存在感、あるいはあふれんばかりの魅力なんかも想像されます。こうして、だんだんその誰かの輪郭が浮かび上がってくるにつれて、leiを形作る花のことが語られていることを忘れそうになりますが、やはりここは、'Ilimaの花びらの薄く繊細な感じや、どんなに大切にしても、その存在はあまりにはかないことに思い至るべきでしょうか。そう、どんなに美しくとも、花の命はあまりにも短い……。そんなことを考えながら、あらためてハワイ語の修辞法の美しさを再確認したように思う、『Na* Pua Lei 'Ilima』なのでした。

John Kameaaloha Almeida
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